・当ブログを立ち上げた理由
・当ブログを通して伝えたいこと
・運営者のプロフィール
僕は過去にMLMを3年ほどやっていました。
(※MLM:マルチレベルマーケティング、ネットワークビジネス、ネットワークマーケティング、マルチ、マルチ商法 これらは全て同じ意味です。以下、MLMと書きます。)
比較的、真剣に取り組んだと思います。
MLMの活動を通じて、たくさんの事を学ばせてもらいましたが、
その中で、以下のような光景も目の当たりにしてきました。
- MLMをやっていた時、借金を抱えてしまって大変な人たちがいた事
- MLMを辞めた後、残った借金の重荷で苦しんでいる人たちがいた事
↑あ、僕もその一人です。笑
MLMを始めて1年半が経った時、借金は200万に達していました。。
その後、借金を完済するまでに約3年かかりました。
MLMのせいで借金をするはめになり大変だったんだ!ということだけを言うつもりはありません。
ですが、借金をしている状態は、堂々とできないというか、借金している事をバレたくないというか、、心が曇っているように感じていました。
以前の僕と同じように、MLMで借金を抱えてしまっている状態の方が、
少なからずいるのではないかと思いました。
そういった方へ何か力になれればと思い、ブログをはじめました。
そして、1秒でも早く、借金の解決に繋がれば嬉しいです。
当ブログでは、MLMで借金を作ってしまった方向けに、効率的な借金解決の方法を解説していきます。また、MLM経験者向けに、お役立ち情報を紹介していきます。
そんな「MLM→借金男」という僕ですが、そもそも何者なの?という感じだと思いますので、生い立ちを以下に晒しています。お付き合い頂ければ嬉しいです。
Contents
運営者プロフィール 基本情報
・吉田(よしだ)
・1989年6月生まれ、結婚3年目
・ITメーカーの営業として働く会社員
・副業で軽貨物運送
・運転免許以外の資格は、学生のときに取った宅地建物取引士があります(今は全く使う機会なし)
・MLM1社目の活動時に作った借金は200万円(2019年11月 完済)
幼少期~高校時代:周りの影響を受けて育つ
千葉県柏市で育ちました。
家族構成は、父と母と6つ上の兄がいます。
父は自営業で、母はパートで働くという共働きの家庭でした。父は元々サラリーマンでしたが、僕が5歳の時にリストラされてしまい、その後、全く同じ業種で独立しました。
裕福ではないですが、貧しいという感じでもなく、ごく普通の家庭でした。
僕は小さい頃に、
父から「自分が学生の時、大学に行きたいと思っていたけれど、親から『あなたを大学に行かせるお金はない』と言われて諦めたんだ」
という話を聞きました。
そのエピソードを聞いてから、
僕は、父が行けなかった「大学」に行くことが、自分の使命のように感じていました。
また、そうした教育を受けることで、社会で立派に働く父を超えていく位に成長していきたいと思うようになりました。
中学生になり、仲の良い友人が塾に通い始めたという理由から、自分も塾に通いたいと思うようになりました。
そこで母にお願いをし、塾に通わせてもらえるようになりました。普段の授業でも月3万位はかかり、夏期講習などはもっとかかるような結構高額な塾だったので、通わせてくれた両親に感謝です。
小・中学校時代、習い事をたくさんさせてもらいました。
ピアノ・少林寺拳法・水泳・サッカー・野球など、、
この頃のきっかけは全て、兄や友人等の周りがやっているからでした。
弟として育ってきたのもあってなのか、周りの影響をかなり受けやすい人間でした。
中学時代は部活に入っていないこともあり、塾が楽しみでした。塾のおかげで成績は伸び、高校は地元の公立の進学校に入学しました。
高校時代はテニス部に入部し、楽しい日々を送りました。友人に恵まれ、学校行事にも積極的に取り組むなど、充実した日々だったと思います。
高校生活も終盤に差し掛かった時に、大学ではどんな分野を学ぶかを決めました。大学で学びたいと思ったことは、都市計画でした。
きっかけとなったのは、元々母が建築士をしていたことでした。その影響で建物や街に関心を持ちました。どうせやるなら世の中に大きな影響を与えることがしたいと思い、家ではなく都市について学ぼうと決めました。
大学・大学院時代:レールに乗った人生
早稲田大学に入学。都市計画の研究室もあり、良かったと感じていました。ですが、大学時代に没頭していたのは、テニスサークルの活動でした。いわゆる「テニサー」というような飲み会とBBQばっかりやっているチャラチャラしたサークルではなく(笑)、割と真面目で部活のようなイメージのテニスサークルでした。ほぼテニス漬けの毎日でした。
テニスばかりの大学時代は一瞬で過ぎていきました。4年生になり、周りの文系の人達は就職活動をはじめていましたが、理系の僕は大学院にいくことにしました。同じ学部の人達の半分以上は大学院に行くので、大学院に行くのが普通というような空気はありました。
大学院に上がるときに、
「大学4年間はテニス漬けの日々だったけれど、テニスをするために大学に入ったわけではないよな。。大学院では、将来に向けて、何か自分の身になるものに没頭したい!」
ということがふと頭に浮かんできました。
元々は「都市計画を学びたい」という思いで大学に入りました。そして、大学4年生からは念願だった都市計画の研究室に入ることができました。
しかし、研究室での活動が始まり、卒業論文を書いている中で、
「この研究って世の中のためになるのだろうか。将来の社会に対して、どのように役に立つのだろうか。。」
という疑念が浮かんできました。
意味があるのか?と思ってしまった以上、没頭したいと思うようにはなりませんでした。
そこで大学院では、研究は最低限やりつつ、他に没頭できることを探そう!と思ったのでした。
はじめは留学やインターンなどを調べて説明会に参加しましたが、いまいち興味がわきませんでした。色々調べた中で、一番興味を持てたのは、起業でした。父が自営業だったこともあり、起業で社会に価値を届けることができたらと考え、学び始めました。
大学の廊下に貼ってあったビジネス講座のチラシを見て、面白そうだと感じたので参加し、学生起業を夢見ました。しかし、自分の能力では無謀だと感じ、諦めました。
ビジネス講座に参加したことで起業の現実を知り、いきなり起業は厳しいと感じたので、まずは就職しようと思いました。就職してレベルアップして、何かスキルを身に付け、その上で漠然とですが、30歳までには独立しよう!と考えました。
就職活動では、大学院卒にもかかわらず営業志望でした。専攻が都市計画だったので、研究と比較的近い分野で、
・スピード感を持って、自分自身が成長すること
・将来の起業に向けて、社長の身近で仕事ができそうな会社であること
・稼いでいけること
が揃っていると感じた、不動産のベンチャー企業から内定を頂き、就職しました。都市計画を具現化していくような大手のデベロッパーの面接も受けましたが、全て落ちました。笑
無事内定が決まり、一安心したと思いきや、内定先から「就職するまでに宅建を取りましょう」という指令がきました。会社からの評価がなるべく良い状態で社会人のスタートを切りたかったので、猛勉強しました。かなりギリギリでしたが、なんとか合格しました。
と、ここまでは身の周りの環境が自分を守っていてくれたのだと思います。
社会の現実というものを知らずに生きてきました。。
新社会人:社会の現実を知ることになる
新社会人になり、営業職の仕事がスタートしました。飛び込み営業がメインだったので、がむしゃらに走り回りました。
仕事は大変でしたが、それ以上に上司の詰め方がかなりキツかったので、入社から3ヶ月で体重が5kg以上も痩せてしまいました。
そんな中、頑張った甲斐あってか、同期の中で最速で結果を出すことができました。会社にかなりの利益が上がる契約を取ってきたわけですが、それは上司のサポートがあってのものであり、たまたまうまくいっただけでした。
ベテランの先輩でも、結果を出せるかどうかは水ものである事を横目に見ていたので、この仕事を続けていくのがとても不安でした。
外回りでの営業の移動中に、新宿の路上で生活している方々を見て、
「いつか自分がこうなる可能性もあるかもな。。」
と思ってしまうこともありました。
MLM・師匠との出会い:きっかけは偶然の出会いから
社会人2年目に差し掛かる頃、たまたま営業先が一緒で、同じく不動産の営業をしている人と仲良くなりました。それまではほとんど仕事しかしていない生活でしたが、その出会いがきっかけで、仕事以外で動くことが増えていきました。
ある日、一人の経営者の方を紹介してもらいました。
年齢は33歳、元々サラリーマンでそこから地道な努力を重ねて脱サラし、今は美容室など、数社経営していて、タワーマンションに住んでいるとのことでした。
その経営者は、事業家を目指す若者を弟子としてとっているとのことでした。色々話を聞いた後、金持ち父さん貧乏父さんなどの本を勧められました。何度かお会いした後、本気で弟子としてやっていく覚悟があるなら、弟子になっても良いと言われたので、僕はその方に「弟子入り」しました。
当時の僕は、「元々30歳で独立しようと思っていたし、それが早まったと思えば良しとしよう!」という気持ちでした。ちょうど26歳になった頃です。
・・・これがMLMへと誘われることになるとは思いもよらなかったです。
(世間知らずでした、、、)
MLMの活動スタート:事業家集団「環境」
師匠に弟子入りをし、具体的に何をしていくのかと思いきや、MLMでした。
正直「MLMかよ!」と思いましたが、弟子入りする時に、どんな事業だったとしてもやるという覚悟があるなら弟子として受けてもらえるという前提だったので、これはしょうがないかと思いました。
そして、モデーアという会社で、MLMの活動を始めました。
なぜMLMかというと、師匠も元々MLMからスタートして今があるとのことで、同じ道を辿って行けば、自分のようになれるよと言われました。この理屈が間違ってはいるわけではありませんが、当時の僕は安易に信じすぎました、、、
※以下、MLMの活動が出てきますが、MLMの批判だけをするつもりは全くありません。自分の事実だけを述べます。
当時の僕が所属していたこのグループは、事業家集団「環境」という名称の組織でした。数年経つと名称が変わっていくので、これは当時の名称となります。
MLMの活動をしようというよりは、事業家になるための活動の中に、MLM活動が含まれているというイメージです。
事業家になるための活動の一つとして、師匠から
「月に15万円、日用品の売上を立てることは、経営者として当たり前だ」
という教えを頂きました。
当時の僕は、
「売上を立てるなんて、自分で日用品を15万円分買うしかないだろ。。周りもそうやっているし。。」
と思い、いわゆる買い込みをしていました。
そこから、なんとかやりくりしながら月に15万円分、日用品を買い込んでいました。そんな日々が1年弱続いたある時、このままじゃダメだと感じ、あるタイトルの達成をコミットしました。コミットしたのだから、絶対達成してやるんだと思い、50万円分の買い込みを決意しました。
当然、50万円なんて大金は持っていないので、どこかで借りるしかないと思い、消費者金融に駆け込みました。意外とあっさり借りられたこともあり、そこから借金地獄が始まりました。。
タイトル達成をした次の月も、15万円分の日用品の売上を上げることは変わりありません。この50万円の借金を皮切りに、使えるところからどんどんお金を引っ張るようになりました。気付けば、持っていたクレジットカードの6枚全てが限度額までいっぱいになるという事態が起こりました。
もちろん借金も膨れ上がり、合計で200万を超えていました。
こんな借金まみれの状態で、友人に対し、
「僕と一緒にMLMをやって、豊かになろう!」
なんて提案することはできませんでした。
もしも僕がきっかけでMLMを始めて、僕と同じように借金まみれになったらと思うと、責任取れないと思いました。ですが、僕をきっかけでMLMを始める人がいないと、僕は豊かにならないので、このジレンマに心苦しい限りでした。
結局1年半続けたところで、このままじゃまずいと思い、このグループを脱退しました。
MLM2社目へ:本来のMLMへ
その後、モデーア時代に仲良くしてもらっていた兄弟弟子(サイドライン)の方が、
他のMLMでうまくいっているという話を聞き、そちらを始めることにしました。
始めることにした決め手は、正当にMLMを行っており、自信を持って取り組んでいる方ばかりだったことです。また、大阪が本拠地であり、東京ではまだ広がっていないということにもチャンスを感じました。買い込みはせず、ちゃんとMLMに取り組もうと決意し、スタートしました。
スタートして2ヶ月目で、なんと11万円も稼ぐことができました。前のMLMでは1年半やって0円だったので、自分でもびっくりしました。
ですが、やればやるほどMLMの厳しさを目の当たりにしていきました。収入が多い月では10万円ほど稼ぐこともありましたが、毎月コンスタントにそれほど稼げていたわけではないので、結局はMLMの活動費に消えてしまいました。
組織としては、メンバーが入っては消えの繰り返しでした。これは自分の実力が足りないからだと言い聞かせつつ、成功するために動き続けました。
【2社目のMLMの活動】
2社目のMLMでは、自分が関わるプレゼンテーションで150件以上は行いました。
初回のプレゼンは約3時間、
プレゼン後にはさらにビジネスの理解を深めてもらうために、
プレゼンした方と別日で何度もお会いしました。
そして理解が深まったところで、
ビジネススタート→トレーニング→次の勧誘へ
という流れでした。
2社目では、当たり前ですが買い込みをすることはなく、むしろ買い込みしようとしたらアップラインに止められる位でした。
そして最終的に、最も精力的に活動していたメンバーが音信不通になったところで、MLMで大きな組織を作っていくことに限界を感じました。ここまでで約1年半、活動しました。
MLM2社目では、新たな買い込みによって借金を抱えることはありませんでしたが、MLM1社目の時に作ってしまった借金がほぼ減らせていないことに気付きました。
この時に、今まで押し殺していた思いが一気に湧いてきました。
・権利収入を作るために動いているが、実際に権利収入を得ている人はほんのわずか
・MLM専業で月100万稼いでいるという方も、ほぼ寝ずに動いていることがわかり、実際に月100万稼いでいても結局は労働収入ではないか、、
・付き合っている彼女にプロポーズをしようと思っているが、「借金抱えた派遣社員がMLMで夢追っかけてます」って状態で本当に大丈夫なのか、、?
焦り、不安、失望、情けなさ、、この時いろんな感情がありました。
将来のことを真剣に考えた時、もし結婚できるとしたら、それは自分だけの人生ではないし、奥さんや家族を守っていかなければいけないと思いました。
自分の人生を本気で変えることを決めたと同時に、MLMから足を洗うことを決意しました。29歳の夏でした。
借金返済へ:副業で運送を始める
MLMを辞めてから思ったことは、
まずMLM1社目(モデーア)時代に作った借金を返さなければということ。
MLMで合計3年間、一生懸命やってきた自分なら本気出せばなんでもできるはず!笑
一気に稼ぐぞ!!
と思い、情報商材やブックメーカーに手を出しましたが、
全く稼げませんでした。(むしろ赤字)
そんな時にLINE@で情報が回ってきたのが、
軽貨物運送業でした。
・物流(運送)はこれから伸びていく業界
・自分の稼働で稼ぐ事ができる
・教育が比較的簡単
という点からチャレンジしようと思い、土日稼働の副業で始めました。
はじめはノウハウを学ぶため、
紹介してもらった会社から仕事をもらっていましたが、
4ヶ月が経ち、一通り仕事ができるようになったところで、独立しました。
そして、運送の仕事をはじめて約1年で、なんとか借金を返すことができました。
現在は、始めたての頃のように「空いている時間はフル稼働!」ではありませんが、
土日や平日の夜に稼働しています。
最後に
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
私事になりますが、
借金を返済し終えてから、改めてお金についての勉強を始めました。
結婚して妻もいるので、今後家族を守っていくために自分がしっかりしないとという思いと、
どういう風にしていけば、元々普通の人が経済的な自由を手に入れられるのかを
純粋に知りたいと思いました。
お金(金融)の勉強を始めてわかったことは、
もっと早く勉強しておけば良かったということです。
正しい知識をつけていれば、安易な借金は避けることができたかもしれませんし、
より早く借金を返済できていたかもしれません。
また、借金返済した後に思ったことは、
「MLMは諦めたけれども、権利収入はやっぱり必要」ということです。
権利収入を得るためにMLMをやっていましたが、ほぼほぼ労働収入でした。
本当の権利収入は金融機関からの利回りしかありません。
資産を5000万円位作って、プライベートバンクに預けて運用すれば、
年利8~10%がつきます。月30〜40万で生活できれば、老後も安心です。
資産5000万というのも、月6万の積立(年利5%)を複利で行っていけば、
30年で達成できます。
僕は今30歳なので、60歳でこの状態が作れていたらとてもハッピーです。
これはどう頑張っても無理!というレベルではないことを知りました。
昔、借金を毎月10万以上返していたことを考えれば、
全くもってできない事ではないです。もちろん時間はかかりますが。
また最近ではお金や金融の知識をつけていく事で、
MLM時代のように寝る暇も惜しんでがむしゃらに動き続ける事をせずとも、
以前より収入は増えています。
2020年5月の時点で、日々の収支管理を駆使して、
以前より収入を増やせています。
会社員をやるだけでは見えてこない部分がもちろんあるので、
副業をやっておいて良かった、わからないなりにも行動しておいて良かった、
と感じる今日この頃です。
以前の自分は、誰かが作った仕組みには安易にのってしまっていました。
そうではなく、
自分でビジネスを興し、継続収入に向けてできる限り仕組化していくというのが、
今の目標です。
こういった「もっと早く知っていれば!」と感じたことを発信しながら、
読んでくださった方へ、何か少しでも力になれればと思っています。
今までの経験(MLM)を踏まえつつ、
以前の自分と同じような状況(借金)で苦しんでいる方に、
少しでも手助けになるような情報をお届けできればと思っています。